2017年11月14日

五月雨の

平泉中尊寺で。芭蕉の歌碑巡り。


五月雨の 降り残してや 光堂

「五月雨」というと「集めてはやし」を思い出しますけど
芭蕉にとってはお気に入りの季語だったらしい。
中尊寺でも使っています。

中尊寺で、「覆堂(おおいどう)」を見ました。
金色堂を覆っているお堂です。

わたしなんぞ、現地に行くまで、金色堂が青空の下で光り輝いていると思い込んでいたものですから、お堂の中にちんまり収まっている金色堂に、ちょっとがっかりもしました。
それは浅はかな考えでした。

奥州藤原氏が滅んだ後、頼朝は平泉の仏教文化に感銘し、寺院の保護を命じたらしい。
しかし、藤原氏という後ろ盾を失った平泉の寺院は、徐々に荒廃していったそうなのです。
それを惜しんで、鎌倉時代から現代に至るまで、建物を覆ったり修理したりして後世に残す努力が続けられているのです。昭和の大修復については、旧覆堂内のビデオで見ることができました。

芭蕉が感銘を受けたのは、金箔で輝く金色堂の姿ではなく、それを末永く残そうとした幾多の人々の思いに対してだったのでは、とのことです。

覆堂は、金色堂を守るもの。
雨風をしのいで、その姿を後世に残すように。
さながら、五月雨が降り残したかのように。

同じカテゴリー(旅日記)の記事画像
毛越寺の紅葉
番外編 モチ
旅日記
盛岡で見た山
中尊寺駐車場近く
鶴巣PAで朝ご飯
同じカテゴリー(旅日記)の記事
 毛越寺の紅葉 (2017-11-13 20:32)
 番外編 モチ (2017-11-13 17:45)
 旅日記 (2017-11-12 19:30)
 盛岡で見た山 (2017-11-12 18:22)
 中尊寺駐車場近く (2017-11-12 16:58)
 鶴巣PAで朝ご飯 (2017-11-12 14:49)

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。